柴田賢志の現在

今回は、スーパー戦隊シリーズ第23作「救急戦隊ゴーゴーファイブ」ゴーイエロー役で、陽気な
イケメンキャラクターで人気を博した、柴田賢志さんについてピックアップしていきたいと思います。

柴田賢志の主なプロフィール

1975年10月4日に福岡県福岡市でお生まれになりますが、小学生の時に神奈川県横浜市へ
移住されます。

高校卒業後にモデルとしての活動を始めると同時に、様々なオーディションも受け始めます。

そして、「救急戦隊ゴーゴーファイブ」(1999~2000年・テレビ朝日)のダイモン/ゴーイエロー役
で出演し、明るくコミカルなヒーロー像が、当時の子供達や親御さんからの人気を獲得しました

(因みにこの作品では、五兄弟で『四男』という役柄でしたが、柴田賢志さんが“最年長者”だった
そうです(当時24歳))。

以降も、オリジナルビデオ映画「未来戦隊タイムレンジャーVSゴーゴーファイブ」「百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊」
(同じダイモン役として・2001年)等に出演されました。その一方で、湘南地区で活動するバンド『裸族』のメンバーとして活躍されました。

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柴田賢志が重病で芸能界引退

役者として新しい一歩を歩もうとしていた柴田賢志さんでしたが、突如思わぬ試練が襲います。

「救急戦隊ゴーゴーファイブ」も放送終了に迫った時期から体に違和感(右手が震える・視界が二重に見える等)を
覚え始め、その後医師の口から「脳腫瘍」と診断されてしまいます。

そして、2004年頃より治療に専念する為に芸能活動を休止⇒2007年 3月に芸能界を引退され
ました。しかし、彼が発症した病気の治療は容易な事ではありませんでした。

何故なら、腫瘍病巣が中枢神経(多数の神経細胞が集まり大きなまとまりとなっている領域)の
集中する場にあり、直ぐに手術はできませんでした(神経を傷付けてしまう恐れがあった為)。

それ故に発症から1年後、腫瘍が発達した状態で手術を行ったものの一度に取り除く事はできず、
5年かけて5回もの手術が行われました。

手術は成功したものの、その代償は大きく、後遺症により右半身麻痺の状態で言葉が上手く話
せなくなりました。

更に手術から5年後、左腰に激痛が伴い「大腿骨骨頭壊死」を患い、両足にはボルトが入り、杖無しでは歩けない「障害者4級」の資格認定を受けました。
その為、当時の勤務先では辛い差別を受けた事もあったそうです。

また2011年に、スカパー!の『東映チャンネル』で「救急戦隊ゴーゴーファイブ」が放送された際に企画された『出演者インタビュー』も、
柴田賢志さんは現在の姿を見られたくないという理由で断ったそうです。

以降は2016年1月末まで、就労継続支援A型(雇用型)事業所へ勤務した
後、神奈川県横浜市内の幼稚園のスタッフ(補助員)として就職されました。

そして、2018年6月に放送された捜索バラエティー番組「爆報! THE フライデー」(TBS)にておよそ17年振りにメディアに出演し、
現在までの経緯・近況(リハビリで自動車運転ができる様になった事・「保育士資格」取得の為に勉強中である事等)を語られました。

更に、同番組の“サプライズ企画”として撮影以降、ほぼ会う事が無かった「救急戦隊ゴーゴーファイブ」・巽兄妹(役名)5人が18年振りに集結されました。

柴田賢志さんは久々に集まったメンバーの方々を見ると思わず“ゴーゴーファイブだ!”と叫ばれ、
西岡竜一朗さん(ゴーレッド役)から“お前もだよ!”とツッコまれる一面を見せられました。

柴田賢志「救急戦隊ゴーゴーファイブ」再集結、芸能活動再始動!

上記にも述べた様に、2018年6月に「爆報! THE フライデー」(TBS)にて『ゴーゴーファイブ』のメンバーと再会を果たされた
柴田賢志さんは、翌2019年9月開催の20周年イベント『20th 救急戦隊ゴーゴーファイブ 出場!巽ブラザーズ!!』でも顔を出され、久々に公の場に立たれました。

また同年3月からは、芸能活動再開を表明されました。

現在は、自身のツイッターを投稿し近況を報告している他、動画配信チャンネル『kingkenji75』も開設されておられます。

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