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麒麟田村:逆境を乗り越えた笑いの現在地

芸人

起源から現在へ:麒麟田村の軌跡

芸歴25年目でお笑い芸人麒麟の田村さんは、現在44歳で大阪の吹田市出身だそうですね。田村さんと言えば「ホームレス中学生」が大ヒットしたことで有名ですよね。

田村さんの父親は製薬会社に勤めていて、母親は専業主婦だったそうです。小学校高学年くらいになるとどんどんと貧しくなっていったそうで、家に帰るたびにテレビやエアコンなど家具も次々になくなっていったそうですね。

思春期を目前に一家が崩壊し始めて、中学2年生の時に一家が解散になってしばらくは1人公園でホームレス生活をしたそうです。一家解散ってとんでもない人生ですよね。

しばらくすると親戚などが家を借りてくれたりして兄弟3人で暮らし始めたそうですが、親がいない状態で中学校に通っていたそうですね。

高校も受験して通ったそうですが、その頃にはお笑い芸人になりたいという思いが芽生えていたそうですね。一緒に暮らしている姉が家でダウンタウンさんなど芸人が出演しているバラエティー番組をよく観ていたそうです。

姉のお笑い好きの影響もあって自分も芸人になってみたいと思い始めて、高校を卒業する直前に入学費は姉が払ってくれてNSCに入学したそうです。高校生の時に養成所に入っていたんですね。

麒麟田村/ホームレス中学生2億稼ぐも仕事激減/相方川島がTBS朝の顔/コンビ間格差で確執も…

麒麟結成と初期の苦労

1人でNSCに入学した田村さんでしたが、たまたま高校の先輩も同時期に入学することになったそうです。最初の頃はその先輩とお互いに相方が見つかるまで2人でネタ見せなど練習したそうですね。

先輩がボケで田村さんがツッコミとしてやっていたのですが、その先輩と3回だけネタ見せを行ってなかなかウケなかったので別の相方を探す流れになったそうですね。

その後、フリップネタを1人でやっていた今の相方でもある川島さんに田村さんから声を掛けてコンビを組んだことで1999年に「麒麟」として活動していくことになったそうです。

NSCに入学したばかりの人の中でネタをキッチリ披露して才能の片鱗を見せていた川島さんを見て、コイツ面白いからコンビを組みたいと思って声を掛けたそうです。

田村さんは若かったのもあって、舐められたくないという気持ちから「コンビ組んだってもええで」と上から声を掛けたそうです。ちなみに川島さんは1つ年上だそうですね。

麒麟として活動をスタートした田村さんですが、最初は川島さんがネタを作ってコントをやっていたそうです。NSC20期生だった田村さんでしたが、クラス分けで万年Cクラスだったそうですね。

そもそもNSC20期生はレベルがかなり低かったらしく、Aクラス(優秀)がなかったそうです。Bクラス(普通)とC1(面白くない)、C2(全然面白くない)に分けられていたそうですね。

ずっとコントをやっていた麒麟でしたが、なかなか評価されなかったこともあって漫才に切り替えたタイミングがあったそうです。そのタイミングでたまたま『beseよしもと』のゴングショーの1発目で受かったそうです。

それによって漫才の方が向いてるかも知れないということで、漫才をしていくことになったそうですね。麒麟はM1決勝の常連で漫才は有名なのでコントのイメージがないですよね。

1期下の後輩にレギュラーやキングコングがいてNSC在学中の段階から仕事をもらっていたそうで、その時の田村さんは羨ましい気持ちしかなかったそうですね。

当時地元の吹田市で素人しか出演していないアマチュア漫才コンテストがあったそうで、優勝したら5万円もらえるということでお金が欲しかった麒麟は出場したそうです。

まだ若手芸人として2年目でお金もなかったということもあって、素人の漫才コンテストなら簡単に優勝できると踏んで出場したそうですね。若手芸人はお金持っていないですもんね。

そして、意気揚々とステージに出ていったら審査員席に後輩のキングコングが座っていたそうです。「アマチュアの大会って聞いてたのになんで先輩の麒麟さんがいるんですか」とキングコングにいじられて地獄だったそうですね。

しかも結果が2位で優勝できなかったそうですね。さらに数年後にキングコングの西野さんから「本当は2位じゃなくてもっと下だったけど先輩だし気を使った」と言われて恥ずかしすぎたそうです。

2001年に第一回目の『M1グランプリ』が開催されるにあたって当時は詳細がまったくわからなくて、エントリー料金2000円を払わなくてはいけないのが若手芸人にとってはきつくて出ない選択をする人が多かったそうです。

相方の川島さんと話し合って記念受験と言うか運試しみたいな感じで出場することになった麒麟ですが、まさか決勝まで行けるなんて夢にも思っていなかったそうですね。1603組の中から決勝は10組だけですからね。

中川家、チュートリアル、フットボールアワー、キングコング、おぎやはぎ、DonDokoDon、ますだおかだ、アメリカザリガニ、ハリガネロックと豪華メンバーの中にダークホースとして入ったんですね。

5位でしたがしっかり結果も残しましたよね。ダウンタウン松本さんの「僕は今んとこ麒麟が一番ですけどね」っていう言葉が世間の印象に残って注目度が一気に上がったそうです。松本さんの発言は影響力ありますよね。

放送後はレギュラー番組が決まったり色々な仕事が入って来たそうで、コンビニでアルバイトをしていた田村さんでしたがこれを期に芸人の仕事だけで食べて行けるようになったそうですね。

「ホームレス中学生」と突然のブレイク

芸歴5年目でbese吉本のトップ3組として『笑い飯』『千鳥』『麒麟』としてやりだしたのが転換期で、そこからさらに色々な番組に出演できるようになっていったそうですね。

200万部売れて話題になった「ホームレス中学生」ですが、もともとは田村さんの楽屋トークとしてこどもの頃の貧乏エピソードを話していたのが面白いと芸人の間で広がったそうです。

そして、松本人志さんの『すべらない話』で披露するとMVSを取ったことによって本のオファーが来て出版に繋がったことで一世風靡しましたよね。M1もホームレス中学生もきっかけはダウンタウン松本さんなんですね。

現在は『探偵ナイトスクープ』で局長に松本さんがいますので、人生の節目で松本さんがキーポイントになっていますね。お笑い界においての松本さんの影響力の高さが伺えますよね。

しかし、田村さんとしてはホームレス中学生でのブレイクが麒麟の歴史としては必要なかったと今では思っているそうです。本が200万部売れたことによって2億の収入が入ったと話題でしたね。

その時はM1の決勝常連と言う効果もあって漫才師として順調なステップアップを麒麟は歩んでいました。毎回麒麟はM1にいるイメージでしたよね。

ホームレス中学生バブルが来るまでは常に川島さんがリーダーで主導権を握っていて、田村さんが付いていっているという感じだったそうです。確かにそのイメージがありましたね。

相方との距離と個人活動の模索

それが周りにちやほやされるようになったことでリーダーになりたいという野心も芽生えてきて、川島さんに指示をし始めたことでコンビ仲も悪くなって無視されたりするようになったそうですね。

コンビがそんな状態でも一気に駆け上がってしまって、まだ何もテレビの立ち回りなどできない状態でさんまさんやダウンタウンさんなどトップ層の人達と番組に出なくてはいけない環境に突入したそうです。

実力以上のステージにいきなり駆け上がってしまったことで、番組では臨機応変に対応できないことばかりの日々だったそうです。漫才とテレビでのフリートークや共演者との絡みは別のスキルですもんね。

ブレイクして最初の頃は勘違いをしてしまい、田村さんが笑いの実力で面白いということで番組に呼ばれているのではなく、エピソード自体が珍しくて面白いから呼ばれているということにその時は気付けなかったそうです。

ギャグや歌ネタでブレイクして一発屋で消えていく芸人がたくさんいますが、フットボールアワーの後藤さんから「一冊屋」といあだ名を付けられたそうです。切なすぎるあだ名ですね。

最近では相方の川島さんがMCなどで活躍していますが、田村さんが思うきっかけは『アメトーーク!』だと思っているそうです。「運動神経悪い芸人」などで番組にハマっていって立ち回りを玄人が見ていたという事ですね。

地道に着々と実力をつけていった川島さんとは逆で、田村さんはプライドを捨てきれずに相方とは真逆の道を進んでしまったそうです。アンケートをしっかり書かなかったり打ち合わせをちゃんとしなかったりしたそうですね。

それが悪循環で相方だけテレビに呼ばれるようになり、コンビでの出演がほとんどない今の状況になってしまったそうですね。田村さんはずっと川島さんが出演している番組は見たくなかったそうです。

再出発:新たなチャレンジと未来への展望

しかし、最近になって周りの芸人からのアドバイスもあって川島さんの動向を追うようになっているそうですね。川島さんの出演番組を見ていればコンビの仕事でいじって笑いを起こしたりできますからね。

2年程前から気持ちを改めて川島さんとの関係性を改善しようと動いたら少しずつ田村さんにも仕事が入ってくるようになったそうです。

川島さんに話しかけるようにしたり、川島さんの出演している番組を見てフリートークの時にいじってみたりすることで周りもいじりやすくなって笑いが起きるなど好循環になってきたそうですね。

今後は川島さんとラジオができたらと思っているそうです。ラジオで毎週喋れてコミュニケーション取ってお互いのことを知れたらと思っているそうですね。

ただしYouTubeとか自分発信ではなくて、オファーがあってプロとしてラジオ番組をしたいとのことですね。その辺は邪魔なプライドのような気もしますが、今後オファーがあってやることもあるかも知れませんね。

麒麟田村

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