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清水良太郎:挫折からの再起と現在の生活

スポーツ選手

清水良太郎さんの現在の状況と活動

モノマネタレントの清水アキラさんの息子で、覚せい剤で逮捕された報道が世間では強くインパクトが残る清水良太郎さんは今年で35歳だそうですね。

最近では格闘技経験がない中でブレイキングダウンに参戦して開始3秒でKOされたのが話題でしたね。ブレイキングダウンには一般枠で自分で応募したそうです。
写真や動画で意気込みを伝えて、書類審査が通ってオーディションに来てくださいという連絡が来たそうです。

対戦したぬりぼう選手は試合でこそバチバチに殴り合いましたが、ぬりぼうさんがもともと清水良太郎さんのファンだったらしく、試合後は一緒に飲みに行ったりもしている仲になったそうですね。

実はブレイキングダウンから次回も応募いかがですかという連絡が来ているそうで、前回は練習不足だったのもあり負けて終わるのも嫌なので応募しようと思っているそうです。今回はガチガチに練習していくつもりみたいです。

清水良太郎さんは2022年8月からYouTubeチャンネルをスタートして、路上ライブなど色々と発信しているとイベントに来て欲しいと声がかかるようになってきたので、ここで勢いをつけていくためにも話題のブレイキングダウンに応募したそうですね。ブレイキングダウンは、数年前に覚せい剤で逮捕されてから6年ぶりの表舞台だったようです。

逮捕後は知人の紹介で運送業をやっていたそうですが、その際に親会社から売上金を未払いにされるなどの金銭トラブルが起きてしまい現在裁判中とのこと。

清水良太郎さんの幼少期と家庭環境

昭和63年に清水良太郎さんが生まれた時には、父親の清水アキラさんはモノマネ四天王と呼ばれた全盛期だったそうですね。

立教小学校に通っていた清水良太郎さんは、普通お受験したらそのままエスカレーター式で中高と上がれるのですが、やんちゃで生活態度が悪かったこともあり上がれなかったそうです。

クラスメイトと喧嘩して先生に仲直りするかと聞かれて「はい」って答えたあとにクラスメイトに膝蹴りを飛ばしていたそうです。かなり素行が悪いこどもですね。

喧嘩に対して決着がついていないのに先生に勝手に仲直りさせられることに不満を感じていたそうです。立教向きの性格ではなかった清水良太郎さんは、地元の中学校に進学したそうです。

そして、当時の不良漫画で言う番長みたいな感じになってやろうと思ったので、同級生ではなく3年生と仲良くなって先輩に可愛がってもらう道に行ったとのこと。

3年生と仲良くしている清水良太郎さんには同級生たちもちょっと近寄りがたくなっていたみたいでクラスに友達はいなかったそうですね。学生の時の先輩って怖いですしね。

3年生たちと公園で煙草を吸っていた清水良太郎さんでしたが、父親の清水アキラさんにバレる度にボコボコに殴られたそうです。

父親のことが怖すぎて、母親にだけ悪事がバレた時はお父さんには言わないように懇願していたほどだったみたいですね。それでもほとんど母親は父親に言っていたので怒られることばかりだったとのこと。

清水良太郎さんは、中学1年生の時に尾崎豊さんが好きで、盗んだバイクで走り出して警察のお世話になったことがあるそうです。

警察から家に連絡が入って、父親に「お前こんな風に警察から電話きてるけど本当なのか?」と聞かれた時は、怖くて嘘をついたみたいですね。

父親に、「お前がやってないならそのことをちゃんと警察に伝えろ」と言われて高田馬場にある戸塚警察署に連れていかれたのですが、完全に証拠も押さえられていて観念するしかなかったそうです。

当然父親にはボコボコに鉄拳制裁されたみたいですね。父親としても息子を信じたいところなので、嘘だったら怒りますよね。


清水良太郎/父との確執/闇カジノ謹慎中に覚○剤/キメ○ク没入し逮捕/社会復帰も自ら命を…

清水良太郎さんの芸能生活と挫折

中学校1年生の時に、家にたくさん置いてあった父親のギターを趣味でやり始めて、かなり上達した時に父親に歌を歌いながら弾き語りを聴いてもらったことがあるそうです。

すると父親から「お前俺の25周年のディナーショーあるからそこでその歌を歌えよ」って言われてディナーショーで披露したそうです。鉄拳制裁しながらもなんだかんだ清水アキラさんは息子を気にかけているんですね。

ディナーショーの次の日に、父親の会社に12社スカウトの電話が来たそうです。たった一曲で芸能事務所からオファーが殺到したのは凄いですよね。

そのまま仲間由紀恵さんやAKBのメンバーなどが所属する『尾木プロダクション』という事務所に所属することになったものの、活動するよりも学生生活を今は楽しめという社長の方針から高校卒業までは特に芸能活動はしなかったみたいです。

高校生活を野球部に費やした清水良太郎さんでしたが、高校卒業と同時に事務所から大河ドラマで俳優デビューする仕事が入っていると聞かされたそうです。

主演が仲間由紀恵さんの『功名が辻』というドラマで一言セリフがある程度のものでしたが、事務所としては現場の雰囲気や空気感を覚えさせるために入れた仕事だったそうです。

事務所が俳優業に力を入れていたので、清水良太郎さんも俳優の路線に自然と乗っていったとのこと。ちょい役の俳優業をいくつかこなした後に「ごくせん3」に出演して、ヤンクミの生徒役で演技をしたそうですね。

ごくせんの撮影自体は無事に終えたのですが、清水良太郎さんはその時に自分が思う理想の芸能界とは違うなと感じたそうです。

清水良太郎さんはドラマのメインではないので台詞や映っている時間は短いですが、生徒役なので朝6時には現場に入って台詞もないのに背景には映っていなくてはいけない状態だったとのこと。

ずっといるエキストラみたいな感覚だったそうです。朝一に現場に入っても夜の8時まで何もせず待っているだけの時もあったそうで、それに嫌気がさしてしまったみたいですね。

人間って暇な時間が多くなった時に色々と考えてしまうんですよね。

清水良太郎さんの成功と調子に乗り始める時期

当時TKOの木下さんやトランクドラゴンの塚地さんなど、芸人もドラマにたくさんいい役で出演しているのを見て、自分はこんなことを俳優専業でやってても一生売れないと思ったそうです。

居ても立ってもいられなかった清水良太郎さんは、事務所の社長に直談判しに行って「僕をバラエティに出してください」と懇願したそうです。

すると社長から「お父さんと一緒にモノマネ番組出ればいいんじゃない?」と言われてそっちの路線に行ったみたいですね。

俳優業に育てたかった社長としては少し不満があったみたいですが、清水良太郎さんの気持ちは固かったそうです。

そこからモノマネ番組に数回出演した後に『歌がうまい王座決定戦』という番組に出演できることになり、必死に歌ったら優勝してしまったそうですね。

優勝をきっかけに『モノマネ王座』や『モノマネ紅白』にもずっとオファーをもらえるようになったそうです。社長に直談判して路線変更した狙いがハマったみたいです。

その後はディナーショーや営業も次々に入ってくるようになって、少し天狗生活になったとのこと。営業はギャラも良いですし、収入もかなり良かったみたいですね。

24歳~29歳くらいまでは順調に仕事も上り調子で収入も良かったそうです。20代でお金を持って引っ張りだこになると大抵の人間は調子に乗ってしまうでしょうね。

清水良太郎さんのスキャンダルと下降期

そんな順風満帆の中で、2017年2月に闇カジノ報道が出てしまいます。
違法賭博店に出入りしているのを週刊誌に撮られてしまいニュースで大きく報道されたので、しっかり調べられてニュースから1年後に実家に警察が来たみたいです。

違法賭博で逮捕されることはなかったのですが、罰金罪になって20万円程を払ったそうです。しかし、カジノ報道があったことで事務所としても謹慎期間を設けざるおえなかったので仕事は報道後に自粛したそうです。

そんな謹慎期間の2017年10月に、清水良太郎さんは覚せい剤取締法違反により逮捕されてしまいます。

それなりに稼ぎがあって貯金もある中で、謹慎により時間ができたのを売人が絶好のチャンスと見逃さなかったようですね。知り合いだった人から薬物を勧められて興味本位でやったのが始まりだったそうです。

カジノ報道により芸能活動で初めて謹慎処分を食らって、周りの人が自分から離れていっているのに近寄って来てくれるその知り合いといるのが楽しかったし嬉しかったとのこと。

覚せい剤にハマってしまった清水良太郎さんは、気付いたら覚せい剤が中心の生活になってしまっていたそうです。覚せい剤は本当に気楽な気持ちで手を出さない方が良いですよね。

精神的に少し弱っていたこともあり3ヶ月間は完全にハマってしまい、3日間飲まず食わずで寝なくても元気に活動できるので「元気の前借り」だと思ってやり続けたそうです。

清水良太郎さんが捕まったきっかけは、ホテルに女の子といる時に女性の前で覚せい剤をやって、女性に勧めるためにパイプを渡してしまったことだったみたいです。

その女性は清水良太郎さんが覚せい剤をしていることを知らなかったので、そんなつもりはなく一緒にいたのですが勧められたことで通報して清水良太郎さんは捕まったそうです。

自分がやるだけではなく女性に勧めるというのがもうヤバいですよね。

清水良太郎さんの逮捕後と家族の反応

捕まった清水良太郎さんに父は絶対面会に行かないという話だったそうですが一度だけ兄と一緒に来たそうです。家族会議をして保釈金を払って保釈はしないと決めたことを伝えに来たそうですね。

そんな状況でも清水良太郎さんは最初素直に返事をせずに「保釈金払って出してくれ」と家族に言っていたそうです。ただ、あまりにも辛そうな家族の表情を見て最後は首を縦に振ったとのこと。

父親の清水アキラさんは、面会した後すぐに記者会見で報道陣を前に号泣しながら謝罪を行いましたね。この謝罪映像はネットなどでも見れるのですが、清水良太郎さんは辛くて今でも全部は見れないそうです。

社会からの再起と挫折

出所後に知人から紹介してもらった運送の仕事で親会社と揉めたことで、社会復帰から3年で再び無職になってしまった清水良太郎さんは、廃品回収の仕事や害虫駆除の仕事など研修を受けるまでして探したそうです。

ところが、害虫駆除の業者がゴキブリの卵を現場に持って行って「卵あるので全部駆除しないとまずいですね」とお客さんに嘘をついて営業する業界の闇の部分を知ってしまい驚愕して辞めたみたいですね。

世の中腐っていると感じて、この先の人生は真っ暗だと落ち込んだ清水良太郎さんは、三浦半島三崎口に行って自殺まで考えたそうです。

家族や親しい知人に感謝のメールだけして携帯を見ずに向かっていたのですが、その時に怖くなって川崎駅に寄ったら、2人組の男の子が路上ライブをやっていたとのこと。

その2人がお金もそんなに貰えてなさそうな雰囲気なのに好きなことをやっていて楽しそうに歌っていたのを見て凄く元気を貰えたそうですね。

路上ライブを見た後に川崎のカラオケルームに1人で入ってひたすら好きな曲を歌ったそうです。

その間、携帯には知人や家族から連絡がかなり入っていたみたいですがシャットダウンしていた清水良太郎さんはその時気付かなかったそうです。

カラオケルームで疲れるまで歌ってかなり時間が経過した時に、携帯でカラオケ屋の伝票を写真で撮って「カラオケして元気出たから大丈夫だ」と連絡した人達に送ったそうです。

そこからもう少し歌って会計をして店を出たら父親がボサボサの頭とパジャマで立っていたとのこと。伝票の内容でどこのカラオケか場所が分かったようですね。

父親の様子を見たらどれだけ急いで来たか一目瞭然だったそうです。清水良太郎さんは、そのまま父親の車に乗った瞬間にホッとして泣きじゃくったそうです。客観的に見ても親不孝な手のかかる息子ですよね。

父親との関係

そんな父親と最近はまた少し仲が険悪だそうです。清水良太郎さんが始めたYouTubeチャンネルの内容に口を挟んできたことがきっかけで口論になったそうですね。

もちろん父親として心配でアドバイスのつもりで息子に言っているのですが、清水良太郎さんからしたら自由にやらせてくれという感じみたいです。

だから今回ブレイキングダウンに出ることも母親には伝えましたが、父親には言ってなかったみたいです。試合に負けてからも何も会話をしていない状態とのこと。

清水良太郎さんは、父親と母親が住んでいる家の隣に家を買って住んでいるのでいつでも会えるのですが、もし玄関を出て父親がいたら家に隠れるようですね。

散々迷惑かけても気をかけてくれる父親なので早く仲直りすれば良いと思いますけどね。

今後は自分がもう一回売れて自分の好きなモノマネというジャンルを1人でも多くの人に知ってもらえるように活動したいそうですね。

モノマネで人を泣かすことや感動させることもできる素晴らしさを知ってもらいたいとのこと。

清水良太郎

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