女子十二楽坊の現在

今回は、2000年代初期から始まった“癒しブーム”に拍車をかける様に流星の如く現れ、爆発的人気を誇った
女性音楽グループ『女子十二楽坊』についてピックアップしていきたいと思います。

女子十二楽坊の主なプロフィール

2001年6月に北京で結成し、同年10月に『北京21世紀劇院』にて、翌2002年には中国全土
で100回以上のコンサートが開催されました。

2003年7月に日本へ進出のCDアルバム「女子十二楽坊〜Beautiful Energy〜」が約200万枚(オリコン推計は約166万枚)の
大ヒットとなり、日本でのプロモーションには約2億円もの宣伝費がかけられたと言われています。

2000年代初期から始まった“癒しブーム”に目を付けたプロデュースと、(今では多くのアーティストの手法としても定着している)
CDとDVDをセットで安く販売するマーケティング方法も見事に当たり、日本デビューから1年間で約320万枚の売り上げを記録しました。

2004年8月リリースの 枚目のアルバム「Eastern Energy」で全米デビューし、ビルボードのワールド・ミュージックチャートで
11週連続1位という快挙を成し遂げ、当時のアジア人アーティストのアルバムとして最高成績となりました。

2005年4月から声優を一新し新たなスタートをしたテレビアニメ「ドラえもん」(テレビ朝日)のオープニングテーマを
演奏、同年9月末からは北米大陸ツアーを開始されました。

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女子十二楽坊の華やかな舞台だけど、売り上げが無かった…⁉

日本進出、発表するアルバムは次々とヒットする等、各メディア注目された『女子十二楽坊』の皆さんですが、
華やかな舞台の裏では多くの苦難があった様です。

2004年3月発売された、2枚目アルバム「輝煌〜Shining Energy〜」が50万枚の売り上げを記録しましたが、
日本で彼女達のマネジメントをしていたレコード会社『ミューチャー・コミュニケーションズ』社長の塔本一馬氏に
よりますと、“著作権使用料の見込み違い”でヒットとは裏腹に利益が出ないという報われない結果となりました。

また2005年9月には、多額の宣伝費等を投入・負担する形で『ミューチャー・コミュニケーションズ』が資本独立しますが、
2007年7月には『ミューチャー・コミュニケーションズ』は自己破産手続きが開始されます。

また同年5月には、「著作権法違反」で中国・南京のプロモーターから損害賠償を命じる判決が出されます。
ただこれはコンサート主催者の問題で、『女子十二楽坊』及びプロダクションの問題ではなかった様です。

女子十二楽坊が新たにメンバーを変え、再スタート!

上記に述べた騒動もあり、“『女子十二楽坊』としてはどうしようもない事態となり、日本での活動は中断せざるを得なかった”(
『女子十二楽坊』団長・石娟(シー・ジュエン)さん談)との事です。

更には。この楽団の生みの親・王暁京氏の健康状態もこの時期から悪化し、日本での活動を継続する余裕が無くなってしまったとの事です。
『女子十二楽坊』は日本でのブーム以降も中国で活動を続け、王氏が亡くなった後は団長・石娟さんが
演奏リーダー&楽団マネジメントを兼任、楽団の責任を背負う様になったとの事です。

2009年4月に一部の初期メンバーが脱退、同年6月には新メンバーを加入させ、新たなスタートを切ります。
そして、2016年9月には9年ぶりの来日公演を行い、日本ツアーを3カ所で開催されました。

その後も2017年11~12月に東京・新宿や千葉県でのコンサート、2018年11月末にはヴァイオリニスト・川井郁子と
バーチャルシンガー・初音ミクとの共演コンサートが行われました。

他にも東南アジア・インドでの公演や全米公演と、活動の幅を広げているそうです。
最近は、日本の公の場でその華麗な演奏をお目にかかれる機会が少ないですが、ファンの方による交流SNSで活動状況を伺う事ができる様です。

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