浜崎あゆみと宇多田ヒカルの歌姫対決の裏側と松浦勝人の現在!

芸能人

松浦勝人さんは最近YouTube撮影をしたり、昔とは違った複数人で新しい曲を作るなど現在はいろいろ模索しているようです。

こういった曲作りは日本ではあまりされていないようですが海外では割と普通のようです。なぜ日本では複数人で曲を作らないかというとそこにはJASRACが関係しているようです。

日本ではJASRACが数人で一つの曲を作るシステムは権利関係などややこしくなるので認めてもらいにくいようですね。

【前編】エイベックス松浦勝人/芸能界のドンから呼び出しの理由…小室哲哉から浜崎あゆみ

松浦勝人さんは休みも仕事も関係ない感じで仕事が遊びで遊びが仕事という感じの生活を贈っちるようです。仕事のこと考えてない日はないということで実質休みがない生活のようですね。

松浦勝人さんは幼少期は横浜駅の近くにある三ッ沢公園あたりに住んでいたが、引っ越ししてほぼ上大岡で育ったようです。

父親は自営業をしており中古車屋で修理などしていたようです。母親は専業主婦で、幼稚園の時は父親が周りから社長と呼ばれてすごい人なんだと思っていたとのこと。

子供のころは父親から生活が安定するから将来は銀行員になれと言われていたようです。

自営業の安定しない生活をわかっていた父親なりの優しさだったのだろうと大きくなってから気付いたそうだ。

それでも世の中で流行ったものとかはすぐに買って家に置いてあったので羽振り良いなと感じていて、家庭は世間的に中の上くらいの経済力とこどもながらに思っていたようです。

小学生の時は歌謡曲が好きでフィンガー5のレコードとか買ったのをよく覚えてるそうです。

音楽オタクで中学になると聞く音楽が洋楽になっていったようです。学生時代は校内カーストの上の方にはいたと感じているようです。

ヤンキーと一緒にいたり素行は悪かったけども意外と成績は良かったようです。

当時はみんなバイクを盗んでいたし盗むのが流行りだった。たぶん自分も盗んでかもしれないけどもあまり覚えていないようです。

高校ではヤンキーの近くにいてアドバイスするタイプで当時からプロデューサーみたいな立ち位置だったようです。

父親がバイク修理をやっていたから友達から壊れたバイクとかもらって直して高く売って小遣い稼ぎする金稼ぎの上手い高校生だったようです。

ヘビメタバンドを友達と組んでいたが、バンドメンバーはみんな大学浪人して自分は現役で受かって日大に行ったからバンドは自然解散みたいになっていったようです。

大学三年の時に人生の転機となったのが友達がバイトしていた貸しレコード屋でバイトを始めたようです。

音楽に詳しくない店の人が節税対策で貸しレコード屋をやっていたから店内の商品の並べ方やポップなど何から何までセンスがなくて、
店主に自由にやっていいよと言われ店内の全てをガラッと変えたようです。

キャンペーンもうちまくり、レコード3枚貸しておまけで3枚タダでつけるなども積極的にやっていたようです。

もうすでにここで経営のスキルを学んでいたんですね。貸しレコードなのでどうせ戻ってくるから、数回レンタルしてもらえれば仕入れの元は取れるのでそこからは全部利益ということですね。

おまけで数枚タダでつけても客は嬉しいしリピートしてくれるから数枚分のレンタル売り上げが入ってくれば結局プラスということでバイトなのに凄いですね。

ただのバイトなのに顧客を作るセンスがあり、22歳の時にバイトしていたレコード屋の店の人から一緒に別の会社を折半で立ち上げないかと誘われたようです。

800万円親父に出してもらって貸しレコード店を立ち上げ会社の社長になったようです。

まわりはLPだったが今後はCDが流行ると予想して全部CDにしたようです。

目先の利益ではなく未来を見据えた選択が成功し店はかなり流行ったようです。

その後、勢いで2、3店舗拡大したが思っていたよりうまくいかず違う方向を模索していくようです。

世の中にレンタルCDショップが増え始めたから、レンタルCDショップに物を売る輸入盤CDの問屋に方向転換したら大成功して、50店舗くらいまで拡大したけども手いっぱいで拡大は難しいと考えていたようです。

そんな時に知り合いに一緒にやって拡大していかないかと持ち掛けられ1988年4月にエイベックスを設立したようです。

会社は小室哲哉との出会いで加速して、さらに小室哲哉だよりになっていたのを懸念点として、自分たちでもアーティストを生もうということでELTを売り出し大ヒットを連発していったようです。

実はELTと同時進行で浜崎あゆみとディスコで出会いデビューの準備をしていたようです。

ユニットやグループでの売り出し方の方がアーティスト感が出やすいのでそちらを考えていたが、ソロがやりたいという浜崎あゆみの強い希望があったみたいですね。

しかし、本人が世間に嫌われると不発で終わる可能性があり、客観的に見ると浜崎あゆみの性格に嫌われる要素もあったのでかなり不安だったようです。

アーティストっぽく見せるために本人に歌詞を書かせてみたようです。そしたら松浦勝人さん的には16歳が描く詩じゃないなと感じるほど作詞能力があったので驚いたそうです。

2001年3月28日に、人気絶頂だった浜崎あゆみがアルバム「A BEST」を発表します。

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同日にまさかの宇多田ヒカルがセカンドアルバム「Distance」を発売。
人気絶頂の歌姫2人によるアルバム対決と話題になったが、どちらかが発売日をわざと当てにいったわけではなく偶然だったそうです。

松浦勝人さんいわく「両方とも決算なんですよ。3月31日までに、東芝EMIもエイベックスも売り上げを上げたいということでたまたま重なったわけですね。

松浦勝人さんはベストアルバム賛成派じゃなくて周りがそういう風に言ってたから、あえて否定もしないで乗っかってやったようです。

結果的には公表の実数通り宇多田ヒカルさんの勝利だったようですね。

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浜崎あゆみと別れた後の浜崎からの恋愛相談の有無については「乗るほどでもなくて。付き合えば連絡は来るし別れればまた連絡も来たと思いますけども途中の何がどうだっていう事はないですということです。

松浦勝人さんがお前はもう日本人は無理かもなって言ったら本当に外人いったから驚いたようです。冗談で言ったつもりがそうなっちゃったようです。

浜崎あゆみさんにお前はもうアジアのトップスターとか、アカデミー俳優とかじゃないと無理じゃね?みたいなことをTOKIOの長瀬君と終わった時ぐらいに言ったことがあるようです。

日本ではトップに上り詰めていたから日本より上となると世界しかないんじゃない?って言ったら外人にいったわけですね。

女性遍歴については、経験人数は100人以上は間違いないけども1000はいってないと思うと語っていました。

結局はお金をもってからモテたということかもしれませんね。

松浦勝人さんは2度離婚していますが2人目の離婚理由は一番上が4年生の時にこども3人ともシンガポールに留学したようです。

もちろん嫁も一緒に行って5年程で帰るかと思っていたようですが帰ってこなくて…そしたら結婚してる意味もないかなと思って離婚したようです。

今もシンガポールにいるようでみんな楽しくやってるみたいだから満足しているようです。

結婚中に浮気もしたしずいぶん嫁には迷惑かけたなと感じているようです。

ただ、めちゃくちゃ精神的に強い人だったからそのへんは心配なかったようです。

最後に小室哲哉の著作権詐欺の被害額6億5千万を松浦勝人さんが弁済した話は、松浦さんも持ってなかったので人から借りて小室さんに貸したとのことです。

小室さんがいなかったらエイベックスここまでになってないなと本気で思ってたので力を貸したようです。

39歳の時に2年程だけならと嫌々エイベックスの社長になって15年もやってしまったようです。

やりたくない社長業を長くやったからもうこれからは好きなことをして生きていきたいようです。

YouTubeでは今後もなんでも見せていこうと思いますけど、サービス精神でなんでも言っちゃうから会社に迷惑かけちゃうのでどうなるのかなと現在は楽しそうな生活を送っているようですね。

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