欧陽菲菲の現在

今回は台湾から来日し、1970年代はから日本で歌手と「雨の御堂筋」「ラヴ・イズ・オーヴァー」といった代表曲を
発表しヒットさせ一気に知名度を上げられた、欧陽菲菲(オーヤン・フィーフィー)さんについてピックアップしていきたいと思います。

欧陽菲菲の主なプロフィール

1949年9月10日生まれ、台湾・台北市ご出身です。

1967年に台北市内のレストラン・シアター『中央酒店』で歌手デビューします。1971年9月に
来日し、シングル「雨の御堂筋」にて日本での歌手デビューをします。

更に同曲は売上枚数136万枚にも及ぶ大ヒットとなり、翌1972年末の「第23回NHK紅白歌合戦」への出場も果たします。

1970年代前半は、日本を代表する作曲家・筒美京平氏が手掛けていた事もあり、発表するは着実にヒットを飛ばします。

しかし70年代後半~80年代前半にかけてヒット曲に恵まれない不遇な時期が続きますが、1983年に発表の
シングル「ラヴ・イズ・オーヴァー」にが久々のロングセラーを獲得しました。また、
同曲で1991年末の「第42回NHK紅白歌合戦」にも出場されました。

欧陽菲菲のヒットまでに時間が掛かった?「ラヴ・イズ・オーヴァー」

台湾出身の歌手・欧陽菲菲さんの“代名詞”とも言える大ヒット曲「ラヴ・イズ・オーヴァー」ですが、ヒットまでには長い道のりがあった様です。

この曲が最初に出たのは、1979年7月発表のシングル「うわさのディスコ・クィーン」の“B面曲”としてでした。

この時発表のシングル曲は不発に終わるものの、“B面曲”である「ラヴ・イズ・オーヴァー」を歌い続けた結果、口コミで評判が広まっていきます。そ

の後、「ラヴ・イズ・オーヴァー」は1980年7月に“A面曲”として発表されます。更に2年後の1982年9月、
アレンジ版シングルとして発表、翌1983年5月にはジャケット写真を変更したうえでて発売しました。

その甲斐あってか、1983年7月にはオリコンチャート入りし、同年12月に2週連続で1位を獲得しました。
正に“三度目の正直”といったところでしょうか?

欧陽菲菲のの現在は姪っ子が活躍、その美貌に各メディア大注目⁉

近年は、「ラヴ・イズ・オーヴァー」のアレンジ曲「ラヴ・イズ・オーヴァー -Jeff Miyahara Rearrange-」の
(配信限定・2010年9月)リリース、宮藤官九郎さんや阿部サダヲさんらが所属する『劇団大人計画』の
メンバー一同が結成のロックバンド『グループ魂』のセルフカバーベスト「グループ魂のGOLDEN BETTER~ベスト盤じゃないです、
そんないいもんじゃないです、でも、ぜんぶ録り直しましたがいかがですか?~」(2014年10月リリース)の中の1曲「欧陽菲菲」
にてレコーディングに参加された以降は、音楽特番等のゲスト出演を除きメディアに出る機会が少なくなりました。

ただ最近、欧陽菲菲の姪っ子さんが注目を浴びている様です。プロのチェリスト(チェロ演奏者)である欧陽菲菲さんの
姪・欧陽娜娜(オーヤン・ナナ)さんは、“天才超絶美少女”として注目を浴びているとの事です。

彼女のその美貌は芸能界からも目が留まり、女優として中国映画「北京愛情故事」(2014年)への出演や、フランスの
国際的ファッション雑誌「ELLE」のプロモーション動画モデルへの抜擢や同誌台湾版のカヴァー・モデルを務められたとの事です。

最近も、昨年2019年夏に北京や上海等の中国大都市で開催されたコンサート・ツアーのチケットが瞬く間にソールドアウトとなったそうです。
期待の新星として、これからも目が離せないのではないでしょうか⁉

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